2017年5月11日木曜日

銭湯のある町


訪問介護ことりのある東元町商店会には、「桃の湯」という銭湯がある。
 
この間は、道の向こうから手を振ってくれたNさんがやけに爽やかだったので、そう呼びかけたら「銭湯帰りだからよ」とこだまのように返してくれた。ちなみに時刻は17時。まだ明るい町の景色の中に湯上りのこざっぱりとした女性が歩いている、というのはいいなぁと見とれてしまった。
そのまま横断歩道を渡ってことりに寄ってくださり、たまたま遊びに来ていた小学生と齋藤と3人であーだこーだとおしゃべりが始まった。
 
わたしはその姿をしっかりと焼き付けて、3人を残して買い出しへ。のはずが、事務所を出てすぐに空からムクドリの「落し物」が降ってきて、見事に手の甲へ着地!急ぐ用事でもなかったので、事務所に手を洗いに戻った。
 
わたしが戻ってきたことにも気づかずに話している、小学生と40歳と人生の達人。
手を洗っているところで、やっと気づいてもらえた。
 
40歳齋藤「なに、どうしたの?」
小学生「えりちゃーん、もう帰ってきたの~?」
わたし「「いやいや、“運”がついちゃったんだよ。ほら。」
N達人「あら~、いいことあるわね~」
小学生「なに~、なんでいいことあるの?」
わたし「ほんとに、いいことありますね。楽しみです。」
小学生「なんでなんで?運がついたらなんでいいことがあるの?」
N達人「運がつくってことなんだよ。」
40歳齋藤「何色だった?」
小学生「ねー、なんでー?!」
 
気を取り直して、もう一度出掛けて、帰ってきたときには静かな事務所に戻っていた。
 
 
「このマンションの1階に銭湯があったらいいのにね、って話してたのよ。」
お一人暮らしの方が、お友だちと話していたことを教えてくださった。
1人分のお湯を沸かすのは面倒だしもったいない。何かあったときにどうしようという不安もある。だから「マンションの1階に銭湯」。
なんだかすごく面白そうな話だなと思ったし、不安なことばかり考えてしまうとおっしゃっていた方から出てきたアイデアだったから、尚のことワクワクした。「それ、すごくいいですね!」
 
まだそのきれいなマンションの1階に銭湯ができる目途は立っていないから、「日が長くなったら桃の湯に行ってみようとは思ってるんだけど…」とおっしゃるその方に、お一人で不安があるようだったら、銭湯お供します!と言ってみた。

2017年4月18日火曜日

器の中身を捨ててみる


相手が友だちなら、家族なら、こういう時には自分がどうふるまうか想像がつく。
だけど、仕事であり、支援する立場にあるときにどんな風にそこにいればよかったんだろう。
ケアの最中に、そんな出来事があった。
 
相手が欲しい言葉は分かっているけど、自分はそれを言いたくない。
支援する立場として、言うべきではないと思っている。
でも、それを言えば、相手が満足するのはわかっている。
 
 
家に帰ってからも、胸のあたりにべったりと何か貼りついている。
上司でもある夫に相談をする。
 
結局は、自分の思いどおりでないことに、わたしも苛ついているのだろうか。
相手に対して、こうふるまうべきだとか、そんな考え方をするべきではないと思っているのだろうか。
 
家の新聞を整理していたら、数日前の「折々のことば」(朝日新聞のコラム)が目に留まった。
 
 
基本的に、自分の器を大きくすることはできません。
出口治明
 
器はもともとの容量が決まっている。入れたいものがあるなら、その中に入っていたこだわりを捨てて、空きを作ればいい。ということのようだった。
 
 
わたしの人間としての器なんて本当にちっぽけだ。それなのに、そこに「べき」がたくさん入っていた。自分に対しても、相手に対しても。
ふと胸のあたりに意識を向けてみる。風通しが悪そうだな、という感じがする。ボタンをいくつ外すか、という話ではない。ガチガチに固まっていて、閉じている感じがするなぁ。

2017年4月14日金曜日

表現


「月曜日は、また新人さんを連れてきます。」と言うと、
Gさんは苦笑い。
「そこをどうか、よろしくお願いします。」と頭を下げると、
呆れたような笑顔を見せてくれて、2人で笑った。
 
この間の同行(どうこう。1人でケアに入れるようになるまで、ヘルパーが2人体制でケアに入り、手順やポイントなどを教え、伝えること)の時のことを思い出してみる。
 
「でも…わたしもあんな感じだったかなぁと思うんです、初め。」
そういうと、Gさんが眉毛をあげてこちらを見る。
「あのあと、事務所に戻ったら、あの子、“自分のことばかりに一生懸命になっていた。Gさんが寒いんじゃないかとか、そういうことを見れていなかった”って言ってました。」
うんうん、とGさんが頷く。
「だから、そうそう、そのとおりって。」
 
「人を育てるっていうのは、学ぶことが多いです。初心に戻るというか、そういうことがたくさんある。そういう意味で、わたしはとっても勉強になってるんです。」
と言って、はたと気づく。“自分のことばかりに一生懸命になっている自分”。
「とはいえ、Gさんが安心してお風呂に入れるというのが一番大事で。彼女がそこに辿り着くには…もう少しお時間を!」
というと、Gさんが大きく笑った。
 
 
脳梗塞の後遺症でことばを思うように操れないGさんが、「黙って」話を聞いてくれたことがとてもありがたくて、「また月曜日に!」とお宅を後にした。
 
やりとりしているのは言葉だけじゃない、と身体感覚で教えてくれたのはGさんだ。表情や視線の方向、発する空気…そういうこと全部で表現している。わたしたちヘルパーはリハビリ職ではないので、言葉を要求しなくていい。それ以外の表現をしっかりと待つこと、「見る」こと、それを受け取ってこちらのボールを投げ返すこと、そういうことが耳を澄ませることにつながっている。そんな気がしている。
 

2017年3月29日水曜日

「できない」のか、「しない」のか


出会った情報について、覚えていたり関心を持ったりすることは「自分に関係がある」ことだと思う。

逆に、すぐ忘れてしまったり聞き流したり、さらには聞かなくてもいい・読まなくてもいいと判断することもある。それは「自分には関係がない」ということとほぼイコールで、そうやってバランスをとっている、という感じがしている。

全部を覚えているのは到底無理だし、その必要もない。

 

「自分とは関係がないから」というとき、その中には関係はあるんだけど「関われない」「関わり方がわからない」が含まれていることがあるなぁ、と思った。

「それ、とても大切だと思います。でもごめんなさい、関われないんです。」
「関わりたいと思うんですけど、どうしたらいいのかわからなくて。」みたいな気持ち。
たとえば家族や親族の介護に対して。たとえば通勤途中に、捨てられた犬を見つけてしまった時。


身近な誰かがそう判断して、そんな判断をしているその人自身を責めていたら、「言い訳でもいいんじゃない。タイミングだもの。逃げることが必要な時もある。」と言いたくなると思う。内容にもよるのかな。

 

 

それでも、

できるだけ「できない」じゃなくて、「しない」と言いたいなと思った。
「できない」には、誰かのせいにするニュアンスが含まれているような気がしたので。
「できない」という言葉には、理由を説明しなくてもいい魔法がかかっているような気がしたので。

 

「しない」と言うには、理由を説明する必要がある。説明するには、わかっている必要がある。「今はしません」でもいいと思うし。実際に口に出す言葉は選ぶけれど。自分が自分に対してなんと言うか、という話なのだけど。

ソウゴウジギョウ


国分寺市の介護の制度が、この4月から少しずつ変わります。

関係ない、と思われますですかね。

まぁ、暇なときにでも、どうか読んでみてください。

 

■まず、どんなふうに制度が変わっていくのか、ということについて。

全国的に(自治体ごとにスタートの時期は少し異なりますが)「総合事業」というのが始まります。国分寺市は、この4月から本格スタートです。

 

ソウゴウジギョウ…

いきなり余談ですが、

この名前を聞いて、わたくし圧倒されてしまいました。なんだかとてつもなく大きな「相手」のような感じ。

いくら勉強してもまだまだ知らない部分がありそうで、不安ばかりが募るのです。

変わる、ということはエネルギーが必要ですから、何となく避けたい気持ちもあるのかもしれません。

 

そんなわたしに主人が一喝。

「制度って、経験値とは関係なくだれでも勉強すればわかるもの。」

はい、ごめんなさい。ただ勉強したくなくて言い訳していただけかもしれません…反省。

 


話は戻って、

「総合事業」と呼ばれているこの制度は、

正式には「介護予防・日常生活支援総合事業」と言います。

 

 

わたしが理解できている範囲ですが、さらに言うと訪問介護に限ってお話するのであれば、ざっくりと2つのポイントがあって、

 

●1つ目は、

介護保険制度を誰がコントロールするのか、ということについて。

これまで中央集権型=国が主導でやってきましたが、それでは財政面も苦しいし、もっと市民の声を直接聞けるやり方をもともと目指したかったということで、

これからは分権型=市町村が制度運営をおこなう部分をつくりましょう、という点。

 

●2つ目は、

担い手について。

これまで資格をもった訪問介護員=ヘルパーのみが「訪問介護」を行うことができましたが、

介護度の低い方の生活支援であれば、研修をうけた「支援隊」「応援隊」(これは国分寺市独自の名称です)でも訪問OKとしましょう、ということになりました。

 

北欧かドイツか、ごめんなさい、ちょっと度忘れしちゃったのですが、

「支援隊」のようなことを学生さんがやっていらっしゃる例が多いとか。

日本だと、どうしても「元気な高齢者」に担い手の焦点があたりがちですが。

普段出会わなかったかもしれない世代の交流…いいなぁ。

 

これをまとめると、

「市町村が中心となって、地域の実情に応じて、住民等の多様な主体が参画し、多様なサービスを充実することにより、地域の支え合いの体制づくりを推進し、要支援者等に対する効果的かつ効率的な支援等を可能とすることを目指すもの」(厚生労働省HPより)

 

…となるようです。

 

■■■

この2月にも、「支援隊」の研修がおこなわれまして、

最後の日に「実践の現場から」ということで、訪問介護からはうちの齋藤がお話をさせていただきました。

 

はじめは、わたしたちが大好きな本を参考にしながら、
それから、「これはここで伝える必要があることなのか」とか、「わたしたちの身体から出た言葉じゃないね」とか言いながら書き変えていきながら、

この過程は、事業所内(=家庭内でもある)コミュニケーションの訓練にもなるねぇと話していました。

貴重な機会をありがとうございました。

2017年3月11日土曜日

オナラ


ある日、「あなたのおかげで、ずいぶん気が楽になったわ」と、突然Yさん。

どうやら、前の週に話した「主人の前でオナラをしてしまって~」という告白のことを指しているご様子。

 

とても女性らしいYさんは、今でも、他界されたご主人を間近で感じでいらっしゃるし、だから人前(=ご主人の前でもある)でオナラをするのは恥ずかしく情けない、とおっしゃる。

 

「えりちゃんよ~、年をとるってのはこういうことだよ。今にわかるよ。」とおっしゃるYさん。その場面に立ち合い、「これからきっと何度も経験するであろうオナラを笑顔でお迎えしてほしい」とわたしは思ってしまい、とっさに前述の話をした。

「わたしはもうすでに、オナラを聞かせてしまっています」と。Yさんは大きな声で笑った。

 


その日の帰り道に、わたしは自分のためにオナラの話をしてしまったな、という気がしていました。Yさんの恥ずかしさや情けなさの前でどんな風に居たらいいのかわからずに、笑わせる方向に逃げてしまった。笑顔をみて、わたしが安心したかった。

 

生きることは老いることと思いながら、その変化を受け止めたり受け止められなかったりする時に、そうかと聞ける相手でいたいと思いながら、身体はそちらへはシフトしていなかった。

 


だから、次の週に「気が楽になった」と言われても、思い当たる節がなかった。何のことですか?と聞いて、やっと話がつながった。

 

Yさんの話はこうだった。

「オナラをすることは恥ずかしい。でも、あなたが人前でオナラをしてしまうと聞いて、立派な人じゃないんだなと分かってよかった。もう、ありのままでも大丈夫だね。」

YさんがYさんの意味に消化してくれたことで、わたしが救われた。

 


こんな風にしたいと思って行動したことが、思い通りの結果を生むわけではないから、何かを意図するということは無駄だなぁと思うことがあった。だから、その時々で最善手を打てる経験と体力と、勝負師のようなたくましい心をつけなきゃなぁと。

でも、自分じゃないんだな。相手があって、今ここにいられるんだなと感じた。

2017年3月2日木曜日

お茶請け


お話を伺っていると、
おうちに人をあげる時は必ずお茶を出す、というのがDさんのルール(のよう)。
「自分も喉が渇いたから」と言って、でも、わたしの分だけお茶を淹れてくださいます。
(本当はいただいてはいけないのですが…)
 
先日、入浴のお手伝いのあと、やはりお茶を淹れてくださるDさん。
「水筒持っていますから~。お構いなく~。」とお風呂の片づけをしながら声を掛けるも、台所ではシュンシュンとお湯の沸く音が聞こえます。
 
片付けを終えて、記録を書くためにテーブルにつくと、いつものようにお茶を出してくださいました。
「はい、これあなたの分よ。」とDさん。
いつもすみません。
「何かお茶請けがあるといいんだけど」と、いつもとは違う展開。
いやいや、これで十分です。うれしいなぁ、あたたかいお茶。
 
 
すると、Dさん立ち上がり、戸棚をごそごそ。
おもむろにグラスを取り出し、オレンジジュースを注いでいます。
Dさんは冷たい飲み物がお好きとおっしゃっていた、と思い出し、一人合点していると、
 
「はい。おみかんがあると思ったんだけどなかったから、これどうぞ。」と。
 
目の前には、お茶とオレンジジュースが仲良く並んでいます。
たしかにこの2つは相性いいです。剥いたり噛んだりする手間も省けていいかも。